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音騒鼓発進!!
2004年11月7日 音騒鼓完成

僕らのスタジオが完成した。名古屋市の外れ、中小企業の工場地帯の中に。

このスタジオは音の倉庫・騒がしい音(僕らにとっては騒がしくないのだが、周りの方にとってはこのうえなく騒がしいであろうという配慮?)・工場地帯の中。これらの理由で「音騒鼓」と命名された。僕はこの名前がかなり気にいっている。
潤子&栄子




GONNAはできて3年目にはいるが、発足時は稽古場がなかった。支援者の方が提供してくださった民家で稽古をした。

8畳ほどの部屋が2つつながっていて、
その敷居をとったような形のスペースでの稽古だった。
天井が低く音が響きすぎるため、耳を気使って毛布をかけて稽古をした。

とにかく太鼓と人間が入ればきゅうきゅうで、
身動きが取れなかったから、転換や動きの稽古なんかしようがない。
僕は踊りの稽古中に、電機を割った。

毛布を取って稽古がしたい。太鼓の出しはけもきちっとやりたい。
そんな願望が出てくるのは当たり前のことで、稽古場獲得が急務となった。

田舎に引っ込んで集団生活。経済的にはこれが楽なのだろうが、
僕らの目指す舞台は、そういう生活の中からは生まれないのではないか。
そんな思いから、経済的には厳しかったが現在の物件に決めた。

しかし、工場地帯の真ん中だというのに、騒音の苦情が出た。
さすが和太鼓だ・・・。

防音するしかないだろう。しかしお金がまったくない。
どうしようと途方にくれた。

これが音騒鼓のできるまでの経緯?である。


「まっすぐ。」のツアーが終わり12月23日「音騒鼓開き。」
僕は朝からどうもそわそわしていた。

スチールドラムのパンソニードさんの演奏から始まり、
音楽顧問の仙堂新太郎先生とGONNAのコラボレーション、
そして浅岡栄子、田口美郷の演奏へ。最後のしめはもちろんGONNA。

パンソニードさん
美郷ちゃんと


たくさんの出会いと、感謝と、励ましと、笑顔が溢れる一日だった。



この日の想いは仙堂先生のGONNAへの言葉に集約されると僕は思います。

「これだけたくさんの人たちに支援してもらい、その人たちがお祝いに集まってくれる。そしてその人たちの前で演奏ができる。こんな素敵なことはないで。こんなことを俺も夢見ていた。おまえら最高に幸せやぞ。ほんまにいい人たちに支えてもらってるなー。」

仙堂先生、僕もほんまにそう思います。
大切なこと、それはGONNAが長く続いていくことではなく、
GONNAがたくさんの人たちから必要とされ続けること。

僕らがたくさんの方に出会い支えていただき、
生きる喜びをもらったように、GONNAが、そして音騒鼓が、
たくさんの人たちの出会いの場となっていくことを、僕も心から望みます。

ご来場ありがとうございます。



音騒鼓建設にあたり、本当にたくさんの方からご協力、ご支援を頂きました。まことにありがとういございました。

そして最後にもうひとつお願いです。
音騒鼓建設にあたり、協力金をたくさんのかたからお借りいたしましたが、
いまだ目標金額に達しておりません。
今後も引き続き協力金へのご理解と、ご協力を呼びかけてまいります。どうぞ宜しくお願い致します。

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川田貞一 | 【2004-12-24(Fri) 20:39:34】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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